福祉につながる認知研究 –チンパンジー研究の新たな展望

一九七八年からチンパンジー研究をしてきた。チンパンジーの心を人間のそれと比較する研究である。日本の実験室と、アフリカの自然の生息地で、平行しておこなってきた。「人間とは何か」という問いに答えるうえで、進化の隣人であるチンパンジーの研究は欠かせない。しかし、これまでの研究は、究極的には、真理を追及するため、未知なものを解明するためのものだった。極論すれば、研究のための研究である。それに対して、チンパンジーは絶滅の危機に瀕している、という事実に発した別の研究の視点があるだろう。絶滅危惧種を野生でどのように保全していくのか。飼育下の絶滅危惧種の福祉をどのように向上させるのか。いわば、「保全につながる研究」、あるいは「福祉につながる研究」である。従来の比較認知科学の成果のなかから自然に生まれてきた新しい視点だ。二一世紀のチンパンジー研究に求められているものを考察したい。

子育てできない母親

アイという当時一歳半のチンパンジーを対象に、チンパンジーと人間の知性の比較研究を始めた。のちに「アイ・プロジェクト」と呼ばれるものである。アイが初めてキイボードのキイに指を触れた日、一九七八年四月一五日をもって、プロジェクトの開始日としている。

同じく子どものアキラとマリ、さらにはペンデーサがそれに加わった。当時の研究チームのリーダーだった室伏靖子先生が、さらにあかんぼうを産ませようと考えた。

そうしてやってきたのが、一〇歳台半ばの繁殖適齢期にかかる若い男性のゴンと女性のプチである。研究所の創立直後からレイコという女性がいた。これで、繁殖可能な、人間でいえば二〇歳前後の、若い男女三人がそろったことになる

三人とも一九六六年にアフリカで生まれたと推定されていた。それが人間によって捕まえられ、動物商の手を経て日本に来た。人間が育てたチンパンジーである。さて、ゴンはセックスができなかった。射精はするのだが、うまく女性と関係が結べない。そこで人工授精をすることになった。

現在のような顕微鏡のもとでの授精ではない。もっと単純な手法だ。男性を麻酔してあおむけに寝かせ、電気的に刺激すると射精する。その精液を、これも麻酔で眠っている女性に注入する。

こうしてプチが妊娠し、一九八一年三月にポポを産んだ。今から三〇年前のことである。当時、最新鋭の夜間のモニターテレビで出産を記録した。

プチは横臥していた。破水して、右手を尻に当ててはなめていた。出産のときが来た。あかんぼうが生まれたとたんに「ギャー」という大きな悲鳴をあげて、猛然と前に逃げた。「魔物が出てきた」という感じなのだろう。プチは、あかんぼうを見たことも、子育てを見たこともない。

育児放棄である。獣医師の判断で人工保育になった。当時、産めよ増やせよ、という感覚があった。そこでまたゴンとプチで人工授精した。一九八三年一二月にパンが生まれた。同じことが繰り返された。プチは、出産直前に「ギャー」と泣き喚いて逃げ出し暴れまわった。あかんぼうは、まさに産み落とされ、人工保育になった。

人間の手で育てられたチンパンジー。男性はセックスができないし、女性は子育てができないことが多い。そうして生まれた子どもを人工保育すると、また子育てのできない親になる。こうした負の連鎖が続く。